「もし自分が病気や事故で倒れたら、この子はどうなるんだろう」
「ひとりで暮らしていて犬と猫がいる。万が一のときの預け先を、どう決めておけばいいのか分からない」
ペットと暮らす方にとって、自分にもしものことがあったときの備えは、後回しにしがちで、しかし一番気にかかるテーマだと思います。
調べ始めると、多くの場合「ペット信託」という言葉に行き当たります。有効な制度ですが、当事務所では、まず「負担付遺贈(ふたんつきいぞう)」で組めないかを先に検討することをおすすめしています。書面の数が少なく、費用の見通しが立ち、ご本人が中身を理解したまま持てるからです。
この記事では、負担付遺贈がどういう仕組みなのか、そして託せる人が「いる場合」「いない場合」それぞれの備え方を解説します。
そもそも「負担付遺贈」とは
負担付遺贈とは、財産を渡す代わりに、受け取る人に一定の義務を負ってもらう遺贈のことです(民法1002条1項)。
たとえば、次のような内容を公正証書遺言に残しておきます。
「愛犬の世話を最後までみることを条件に、飼育管理費用として現金200万円を友人Bに遺贈する」
こうしておけば、Bさんは財産を受け取るのと引き換えに、ペットの世話という義務を引き受けることになります。信託契約のように新しい仕組みを立ち上げる必要がなく、遺言書1通で完結するのが特徴です。
ペット信託と、どう使い分けるか
ペット信託は、飼育に必要な財産を受託者に託し、信託監督人などがその管理を見守る仕組みです。財産の使い込みを防ぐ設計に強く、資産の規模が大きい場合や、長期間にわたって定期的にお金を支給し続ける必要がある場合には、こちらが適しています。
一方で、信託契約書のほかに受託者・信託監督人の選定や報酬の設計が必要になり、関わる人と書面の数がどうしても増えます。ペット1〜2頭の世話を託したい、というご相談の多くは、そこまでの仕組みを必要としません。
制度としてどちらが優れているという話ではなく、目的に対して仕組みが大きすぎないかという視点で選ぶのが実際的です。理解できない仕組みは、いざというときに動かせない可能性が高まります。
ケース1:託せるご親族・知人がいる場合
「兄弟や友人に、引き受けてくれそうな人の心当たりがある」という方は、負担付遺贈が第一候補になります。進め方は次のとおりです。
ステップ1:生前に内諾を得ておく
ここが実は一番重要です。というのも、遺贈を受け取る側は、遺言者の死亡後であればいつでも遺贈を放棄することができるからです(民法986条1項)。期限の定めもありません。
遺言は相手の同意なしに書けますが、相手が知らないまま書かれた遺言は、断られたときに何も残らないということです。「もしものときは、飼育費と一緒にこの子を頼みたい」と生前に伝え、了解をもらっておくこと。この一手間が、書面を実際に動くものにします。
ステップ2:飼育費用を含めて遺言を作成する
渡す財産の額と、世話の条件を明記した公正証書遺言を作成します。
金額の設定にも法的な意味があります。受遺者は、遺贈された財産の価額を超える範囲まで負担を履行する責任を負いません(民法1002条1項)。つまり、実際の飼育費に見合わない少額しか渡していなければ、その範囲でしか義務を負ってもらえないということです。残りの寿命、食費、医療費、ペット保険の有無から逆算して額を決めます。
ステップ3:予備の受け取り手を決めておく
本命の方がご高齢になっていたり、ご自身の生活が変わって引き受けられなくなることもあります。「第二の候補者」を遺言の中で指定しておけば、断られた場合でも次に進みます。個人でなく、保護団体を指定することもできます。
もし、世話をしてくれなかったら
財産を受け取っておきながら約束を守らない、という事態にも備えがあります。この場合、相続人は相当の期間を定めて履行を催告することができ、それでも履行がなければ、家庭裁判所にその負担付遺贈にかかる遺言の取消しを請求できます(民法1027条)。取消しが認められれば、渡した財産は戻ります。
「渡して終わり」ではなく、約束が守られなかったときに巻き戻す道が法律上用意されている。負担付遺贈がシンプルでありながら実効性を持つのは、この裏づけがあるからです。
補足:合意の形で固めたい場合
「相手の了解を、書面の形でも残しておきたい」という場合には、負担付死因贈与という方法もあります。遺言が単独で書けるものであるのに対し、こちらは贈る側と受け取る側の契約なので、はじめから相手の同意が前提になります。どちらが適しているかはご事情によりますので、ご相談の際に一緒に検討します。
ケース2:周りに託せる人がいない場合
「親族も高齢で、ペットを頼めるような知人もいない」という場合も、あきらめる必要はありません。専門家との死後事務委任契約を組み合わせることで、受け皿をつくることができます。
- 譲渡先の事前選定
生前のうちに、預け先となる団体や里親の候補を一緒に探し、引き受けの条件(頭数、年齢、持病の有無、費用)まで確認しておきます。 - 死後事務委任契約の締結
ペットの引き渡し、賃貸の解約、荷物の片づけ、葬儀・納骨といった、遺言では届かない事務を委任しておく契約です。 - 飼育資金の手当て
遺言で、譲渡先に渡す飼育管理費を残す設計にします。
あわせて必要になる「気づく仕組み」
ここで見落とされがちな点があります。死後事務委任契約を結んでいても、事務所側が「その日が来たこと」を知る手段がなければ、契約は動き出しません。ひとり暮らしの場合、発見までに時間がかかれば、部屋に残されたペットの状態に直結します。
そのため当事務所では、死後事務委任とあわせて、定期的に連絡を取る見守り契約や、緊急連絡先としての登録をおすすめしています。地味な仕組みですが、実際に効くかどうかを分けるのはここです。
また、亡くなった後だけでなく、入院や判断能力の低下でご自身が動けなくなる期間にも同じ問題が起きます。この期間については、財産管理委任契約や任意後見契約で備えることになります。
まとめ
- 託せる人がいる場合 …… 負担付遺贈。生前の内諾、飼育費の設計、予備の受け取り手の3点をセットで組む
- 託せる人がいない場合 …… 死後事務委任+譲渡先の事前選定+見守りで受け皿をつくる
- 資産規模が大きい、長期の定期支給が必要といった場合には、ペット信託が適していることもある
大きな仕組みをつくることより、いざというときに一枚の書面が動くことのほうが大切だと考えています。ご自身の状況にどの方法が合うか、まずは今気になっていることだけでもお聞かせください。ご相談いただいたからといって、ご依頼いただく必要はありません。
「ペットのことで相談です」など、一言送っていただければ大丈夫です。
ペットと暮らす方の終活について、お引き受けしている業務と料金は終活のページにまとめています。海外渡航に伴う手続きをお探しの方は、ペットを海外に連れて行くための必要手続きもあわせてご覧ください。
執筆者
齊藤 隼人(行政書士はやぶさオフィス 代表)
行政書士/宅地建物取引士。東京都大田区にて、ペットと暮らす方・おひとりさま・同性パートナー・事実婚の方の住まいと終活を扱っています。犬2頭と暮らしています。
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